Shantra

Shantra Diary

主に未来、精神分野

神理は人間の手で変えることの出来ないもの

正法は、人間の智慧によって造り出すことのできない

不変の神理なのである

 

楽をして救われる道を選ぶのではなく

勇気と智慧と努力によって

自らの欠点を修正して苦しみの原因を除いたとき

神からの調和された光明によって

救われて行くということだ

 

道はただひとつ、神の心に近づき

日常生活のなかで安らぎの心を

自ら造り出すことが大事ではなかろうか

 

神は、罰など与えはしない

罰は、自らの心の在り方と行為の在り方が

中道の正法を踏みはずしたときから心に曇りを造り出し

それが神の光をさえぎったときに

現象化されてくるのである

 

つまり、罰は、自分が造り出しているということだ

それを受けないためには、苦しみの原因を

造らないようにすればよいではないだろうか

 

仏教でも、キリスト教でも、本来の教えは

人間の在り方を説いているといえよう

 

そして、自らの転生輪廻をとおして

私達の心のなかには、一切の人生に対する

偉大な指導書が記憶されている

ということを知らなくてはならない

その体験された指導書をひもとくことが大事であろう

 

正法は、この方法も教えているのである

エスもゴーダマ・ブッダも、同じなのである

 

哲学化された仏典だけが正法ではなく

仏典の正しい意味を理解して行うことが

より重要だからである

 

この世に肉体を持っている光の大指導霊達も

このような不変の神理を説くであろう

 

人々は、それが、まさしく原始仏教とか

原始キリスト教と全く同じものであることに

気がつくだろう

 

しかし、原始仏教であろうと、原始キリスト教であろうと

それが神理であるならば、現代でも通用するのが当然でもある

 

インドのガンガーの河の流れが

昔も今も変わらないように

神理は不変なのである

変わってしまったのは、人間の心ではないだろうか?

 

正法は、その時代の様相に合わせて説かれて行くが

根本は全く変わっていないのである

 

- 高橋信次より -

 

 

地球のシステム

地球という星では

自分の愛を使うほど、魂の器が大きくなり

より高い次元に上ることが出来ます

 

それは地球の根本的なシステムでもあります

愛の大切さを強調しているとも言えます

 

たくさんの系統、価値観が混同する地球では

互いに理解し、認め合う力が必要だからです

そうでなければ、地球は、文明はすぐ滅びてしまいます

 

愛というのが最も大切なこと

そして、周りに愛を与えた人ほど

あの世に還るとき、高い次元にいけるという

そのような基本的な仕組みも

なかなか人びとに伝わらないのも事実です

 

なぜなら、地上が、物質が、肉体が全てだと

そのように錯覚している人から見ると

神理(真理)を聞いても信じられず

何も自分に得にならないと思ってしまうからです

 

真実を言う、神の使者を、伝道者を跳ね除け

一度の生が全てだと思い、物質的執着が強くなると

下の世界の者たちから干渉を強く受けてしまいます

 

本当に価値あるものは

すぐ消えゆく幻(物質)ではなく

地上であらゆる体験をした自分の心です

魂です、意識です

 

物質は3次元の存在である故

不安定で、時間と共に崩れ去っていく存在です

 

しかし、私たちの心、魂、意識というのは

肉体とは大きく異なり

もっと高い次元からやってきた存在ですから

当然、消えることはないのです

永遠不滅の存在なのです

 

それは神から分かれた存在であり

自由意思を持つ光の存在が私たちです

 

神の体の一部である、この地球を

光の星にしていこうと、地上に生まれるのが

万物の霊長である人間なのです

 

 

良い未来は自分の想念で作り出せる

ある人は、天に向かって、こう言いました

「神よ、この苦しみを、病を消し去ってください」と

しかし、何も起こりません

 

また、ある人は天に向かって、こう言いました

「神よ、生活が苦しいので、私を金持ちにしてください」と

しかし、何も起こりません

神は沈黙をもって答えたのです

 

何も起こらないではないか!と

神などいない!と言い放ち

怒り、苦しみ、悲しみ

周囲の人や、自分の人生を呪いました

 

しかし、神は常に、人びとを見守り続けています

神は、あなたの中に存在しています

 

なぜなら誰もが、神を構成する一部だからです

人間も動物も植物も鉱物も

万物は、神の一部だからです

全てに神が宿っているのです

 

なぜ、神は沈黙するのか?

現象を起こして、病気を消し去っても

お金持ちにしてくれて良いのに

 

それは、この現象の世界は

一時の修行場だからです

この世にも、あの世にも、偶然はなく

全ては必然であるからです

 

原因というものを作れば

必ず結果が現れて来るのです

 

今の苦しみ、喜び、幸不幸というのは

自分の想念が作り出した結果なのです

 

神は全ての生命に自由意思を与えました

しかし、自由故に、その責任も

自分が背負わなければいけないのです

 

カルマ(業)を作ったなら

後で自分が刈り取らなければならないのです

 

良く想い、良い事をすれば

自分の未来も明るくなり

悪い思い、悪い事をすれば

自分の未来を暗くします

 

もし神が、その人の苦しみを即座に取り去ったのなら

その人自身のカルマも残ったままになるのです

たくさんのカルマが積み重なり

次に地上に下生する時は、選択肢が狭まり

厳しい環境に生まれなくてはなりません

 

そのために今、病気になるという事は

一つのカルマの刈り取りをしている場合があります

高齢になって病気になるのは

なるべくカルマを減らすために

自身の清算をしているとう事です

 

地上の闇が色濃くなって来ると

人びとの心境も低下してきますから

想念もマイナスの方向に傾きやすくなるのです

 

そのマイナスを放った分だけ

自分のカルマも増えて来るわけです

そして、その刈り取りも

自分でしなければならないのです

 

しかし、それを知る人、実感できる人は

この地球上では、まだまだ少ないのです

私はそれを知ってもらいたいわけです

なるべく苦悩を作らないために・・

 

もちろん、苦悩というのも

自分の器を成長させる促進剤になりますが

それが余りにも負荷が大きすぎてもいけないわけです

喜びも、悲しみも、苦しみも、楽しみも

あってこその人生なのです

 

 

私達は両親を自分の意思で選んで生まれて来る

私達は、この非物質的な実在界で

両親となるべき肉体舟の提供者との縁が約束され

この地上界で、その約束、目的が果たされる

 

つまり、この地上界、現象界に生まれていることも

環境や両親を選ぶことも、一切の自分でなしたということである

 

この現象界に適応した肉体舟に乗って、地上に出てくる

それは苦楽の、人生航路における修行が目的なのだ

 

盲目で、手さぐりの人生

この人生で、より豊かな心を造るとともに

新しい学習をすることが、目的の一つなのである

 

同時に、人類の大調和によるユートピア建設

それが万物の霊長である人間に課せられた使命でもあるのだ

 

その私達の肉体舟の船頭は

永遠に変わらない意識であり、魂である

 

意識の中心が「心」で、この心が実在の世界に通じている

人間は、実在界、つまり天上界から生まれてくるときは

誰も皆、丸く広い豊かな心を持っていた

神の子として、善なる者達だったのだ

 

それが、生まれた環境や習慣や、教育や思想

また友人の影響など、五官にふれる一切のものによって

性格が変わってしまう

 

私達の意識は、生まれてきたときは

100%潜在されている

それが、成長するに従って表面に出てくる

 

そして心のなかには「本能」が芽生え

五官をとおして「想念」につたわり

「智性」が発達して「感情」の表現となるのである

 

これによって、自らの「意思」が、はっきりと表示でき

自己の立場を表現できるようになって行く

 

しかし、表面意識が飽和状態になっても

10%くらいしか外へ出ないため

盲目的な人生であるのだ

 

人間は、高次元の世界から、自ら両親や環境を選んで

肉体先祖から継承されてきた肉体舟に乗って

きびしい盲目の人生を体験している修行者なのである

 

- 高橋信次より -

 

 

カルマ(業)の修正とは2

業とは、通称人間の「ごう」ともいう

前世において肉体修行をしてきた生命にも

あの世で修正するための生活をしてきた者にも

その意識の中には未だ少しは残っているものである

 

この「ごう」を私達は、この現象界において

修正するために肉体を持つのであるが

人間はともすると、肉体舟の眼耳鼻舌身意の

六根に振り廻され、己を失いがちになる

 

長い年月の間、人類はこりることもない

闘争と破壊の歴史、業の歴史を続け

物質文明の名を借りた破壊文明を築き上げてきてしまったのである

 

すべて原因と結果の法則に従って

私達は転生輪廻をくり返してきたのだが

もはや、人間として、その価値、そして目的を

考えなおすときがきたのではないか

 

資本主義といい社会主義というも

すべて物質経済を基盤としての思考であり

精神すなわち人間の心からの考え方ではない

 

物質経済のその上に心を置き替えないかぎり

神意である真の調和は生まれてこないといえる

 

他の動物は弱肉強食の本能性しか持って生きていないが

私達は万物の霊長であり、神仏の子としての神性

仏性を持っており、人類の相互理解と調和の中に

完全なるユートピアは築かれて良いはずだ

 

私達人間は目覚めなくてはならない

一国家の神格化ではなく

地球人類の神格化にである

 

太陽の熱光は、万象万物に平等であり

決して一国家の独占物ではない

 

神は全人類の心の中に存在するものであり

信心とは、己自身個々の心を信じることである

 

己の心を悟れば近隣人への調和に進む

さらに町や村の調和に、やがては一国家

全世界の調和へと、発展しつながって行く

 

それにはまず、各人が各人の神性

仏性への悟りから始めねばならない

 

個々の不調和な業を修正することが先決であり

次に人類の闘争と破壊の業を

調和と安らぎによって修正しなくてはならない

 

たとえ小さな種でも

やがて全世界の一粒の麦となるよう

正しい正法の種を人類の心の中に植えつけねばならないのである

 

一人の悪業の修正が、社会の業の修正となり

やがて人類が再び自然に帰るという

真理に到達することを思うべきである

 

- 高橋信次より -

 

 

スピリチュアルや宗教はもう古い?愛の段階論

現代では如何わしく思われている宗教

あるいは一部のスピリチュアル的なもの

見極めが困難で良いモノ、悪いモノもあります

 

このようなものは人類の心が進化していくと

宗教やスピリチュアルとしての

一つのカテゴリーを終えて

人びとの心の中、生活の中に浸透していきます

 

地球より、心や科学が進化発展した星では

心の教えも当たり前になっています

人生の中において、人びとのために尽くし

自分の心を成長させていくのを

皆、誰もが自覚しているのです

 

一人ひとり愛で生きるならば

素晴らしい光の星になっていくと

宇宙を彩る光の一部になるのだと

 

逆に自己中心的に生きれば

それだけ神の心から離れ

惑星を破壊する事態に向かっていくのです

 

それは自分たちは神から分かれた存在であると

この地上に一時生まれて来たのは

地上をユートピアに、地球を光の星にするということ

それを誰もが理解しているのです

 

地球に存在する、およそ1-2割の

正しい宗教やスピリチュアルというもの

その教えを徹底しているのです

知的好奇心だけで満たすようなモノではなく

本来の愛を教えているのです

神の心を教えているのです

 

知的欲求を満たしても

人生を豊かに出来ないものです

一時的に満たしても、また新しい知識を求めてしまうのです

食欲と同じなのです

 

刺激が強く、おいしい物を

毎日食べたくなってしまうのです

知に偏ると、それだけを求めて

愛から遠ざかってしまうものです

この「知性」の文明のウィークポイントでもあるのです

 

自分の個性を使って愛を表現していくことが

最も大切なことなのです

そうすると、周りにどんどん愛が伝達

循環していって、自分にも愛が返って来ます

そして、地球もユートピアになっていくのです

 

ゴミ拾いでも良いですし

人の悩みを聞いてあげたり

何かアドバイスしてあげたり

人びとにいつも笑顔を振りまくことも良いです

 

自分で学んだモノ

技術や知識を人びとに分かるように提供したり

何か人のためになることなら何でも良いのです

見返りを求めない心が愛なのですから

 

一人ひとりがそのように

己の個性を使って愛を表現していったなら

地球は破滅に向かうのではなく

光に包まれてユートピアになっていきます

 

貧富の差も無くなっていきます

お金でいつも困ることはなくなり

分かち合いの精神も育っていきます

 

大切なのは周りに期待するのではなく

自分が愛を実践していくことで

周りも変わっていくという事です

愛は循環するからです

 

自分一人の力で世界を変えることは到底できません

ですが、その周りや地域を変えていくことは可能です

強制や支配ではなく、己自身が行動していくことで

周りも変化していくのです

 

一人ひとりの中に神性が内在しているのですから

愛で生きれば、人びとはそれに感応していくのです

自分もやってみようと思うようになるのです

 

自分の愛を使うということは無駄ではないのです

見えない光のエネルギーとして

世界のため、地球のために貢献しているのです

 

私達が地上に生まれて来た理由は

自身の魂の修行と、この地球を光の星にするためなのです

 

 

不自由ない暮らしは苦悩でもある

停滞とは苦しみである

食べる物に困らず、お金が必要なく

欲しい物がタダで手に入る夢のような生活

 

いつも同じ事の繰り返し

病気という概念もなく、心が調和されて

何も不自由ない暮らし

 

他の多くの惑星はそのように進化発展していった

しかし、行き詰まりが発生する

 

他惑星の移住者を拒み

自分たちの惑星だけで発展させていこうとすると

必ず停滞を生んでしまう

 

心がワクワクしたり、躍動感というもの

それが大きく欠落していくのだ

 

惑星人同士、育ってきた環境

転生輪廻してきた環境が異なるから

移住者を受け入れたら価値観の相違による不和が生じる

そのため、多くの移住者を受け入れて戦争によって

滅んだ惑星も宇宙の歴史(アカシック)に刻まれている

 

その失敗を見て恐れて

他の惑星では、なかなか移住者を受け入れてもらえないのだ

そうなると早くも発展性を失い

長い停滞の苦しみに瀕してしまうのだ

 

しかし、地球という惑星は大きく異なる

地球は多くの生命を受け入れ育み

そして、地球オリジナルの新たなるものを発信していく

 

実は地球という惑星はオーム宇宙の一つの希望なのだ

何度も人びとの不和によって文明が滅びて

一からやり直しを強いられているが

挑戦という意味なら、宇宙の最先端に位置するかもしれない

 

魂の移住者たちを減らして

地球人だけで進化発展を目指していけば

もう数万年前に宇宙に進出できているはずだ

 

しかし、それだとすぐに停滞を招いてしまう

他の惑星と変わらない状況を作りかねない

だから、多くの異星人たちは地球に注目している

自分たちにはない手法で地球を

ユートピアに変えていこうとしているからだ

 

海外ではUFOと呼ばれる円盤が空を徘徊している

パッと消えたり、すぐに現れたりしているのは

次元が異なる場所を行き来しているからだ

 

本来、彼らはもっと高次の宇宙に住んでいて

私達の視認できない所から来ている

彼らが私たちの見えるように姿を現すのは

地球を侵略するためではなく

もうすぐ交流できる時期が来ているのだと

そのように合図しているのだ

 

異星人と交流できるくらいの精神性

心の広い地球人でなければ、という事

 

マスメディアのようにネガティブな部分だけを

切り抜いて報道しているように

異星人に関する記事もネガティブなものをメインに

取り上げようとしている

 

それは人びとの中にある恐怖心というもの

未開の地に行ったら、そこに暮らす人々から

攻撃されるのではないか?という

そのような地球人独自の恐怖心によって

異星人は恐ろしいという虚像を生み出している

 

実際にネガティブ異星人も存在するが

多くの場合は高次の宇宙から来る異星人が大半なのだ

 

彼ら異星人たちは、地球がどうなるか

他に無い新しいものを見るように

常に地球を観察対象としている

 

価値観の衝突、支配や欲望

それらの不和によって地球は滅びていくか

愛によって価値観の違いを認め合い

繋ぎ止める事ができるか

 

オーム宇宙に存在する類稀なる惑星

果敢に挑戦していく地球意識ガイアとテラと

人類を指導する高級諸霊に

多くの異星人たちは敬意を表している

 

 

人間の想念がモノを創る

私たちは肉体や脳が、モノを創ると思っています

しかし、もっと深く見ると

脳ではなく意識がモノを創り出しています

脳は受信と発信を行う装置なのです

 

もちろん脳が死に、機能を失えば

体を動かすことや、表情を変えることも出来ません

しかし、植物状態でも意識は、体の中に残っているのです

 

脳が機能せずに、入院中の患者さんがいました

その患者さんは手も足も動かすことが出来ずに

何か月も眠った状態だそうです

 

しかし、見舞いに来た知り合いの方が

優しい言葉、励ましの言葉を掛けると

その患者さんは涙を流したそうです

 

肉体にはしっかりと心が存在し

意識が宿っているのです

 

脳とは人間の本体ではないわけですね

この世(3次元)にしか存在できないモノなので

肉体というのは、いずれ朽ちていきます

 

あの世から見たなら、一時の幻の世界

現(うつつ)から見た、夢幻の世界なのです

 

この3次元世界は、現(うつつ)から生み出された

幻の世界です

幻は幻で、永遠に存在することなく

いつかは消えていく存在なのです

 

脳というのも、肉体というのも

その中の幻の一つにしか過ぎません

いつかは消え去っていく存在です

 

しかし、肉体の中にある意識

本体である私たちは消える事はありません

なぜなら、3次元の存在では無いのですから

私たちは、もっと高い次元から降りてきて

この3次元の肉体に一時、入って修行しているだけなのです

 

肉体は消えても、意識は、魂は永遠です

金持ちの家庭に生まれ、貧乏の家庭に生まれ

大工の家庭に生まれ、芸術家の家庭に生まれ

それぞれの人生のテーマを絞って

3次元の現象界に生まれて来たのです

 

 

カルマ(業)の修正とは

私達のこの地上における修行の第一の目的は

己の業(カルマ)を直すことである

 

業(カルマ)の修正は

善と悪が混合された環境でないと理解できない

 

あの世では、悪の結果が、ただちに現れてしまうために

業(カルマ)の修正がむずかしい

そこで、この世で己の心の豊かさを造るために

さまざまな経験、学習をしていくのである

 

私達の心は、こうして、苦しみや喜びをとおして

ある者は歪みを造り

ある者は豊かな慈愛に富んだ広い心を造っていく

 

恨みやそねみ、怒りなどを持つと必然的に

心の不調和や肉体的不調和を

造り出してしまうということである

 

すぐ感情的になる短期な人は

感情の領域が大きくふくらみ

理性の領域が小さくなってしまうのである

これを、心の歪み、といっている

 

船頭に歪みができるのだから

当然、肉体舟にも歪みができてくる

 

このように、私たちの心というものは

生活の諸現象をとおして

一秒一秒、変化しているのである

 

理性は、知性の状態によって

ブレーキの状態が違ってしまうものだ

 

知性は、人生体験や学問によって

豊かにすることができるが

心を失ってしまった思想や他力本願の宗教などは

逆に、理性を、ノン・ブレーキにしてしまうことが

多いのである

 

潜在意識の90%は、私たちの一切を知っているのに

正しい心の調和ができないため

良く己の特長をつかみ得ないのが人間であり

かえって、そのゆえに修行ができるという

現象界であるともいえるのだ

 

現在の自己の心の想念と行為の姿こそ

己自身の過去世の姿である

 

それは、地位、名誉、経済、物質を除いた

己自身の本性の姿なのである

 

大自然界の慣性の法則と同じように

現世に肉体を持つと

過去において造り出した不調和な業が

表に出てくるということだが

 

しかし、正しい心の制御装置によって

それを修正することはできる

正しい想念の働きによって、改造ができる

 

- 高橋 信次より -

 

 

人間の肉体は物質宇宙を模したもの

人間の身体というのは

神を模した存在でもあります

元々、神に似せて創られたのが人間です

 

自分という存在

肉体と魂を持つ人間ですが

その肉体の中には40兆近くの細胞が

ひしめき合っています

 

さらに細胞を構成するもの

原子核を見ていくと

その原子の周りには

電子が付かず離れず円状に回っています

これは一つの太陽系を現したものです

 

そう思うと、人間など

宇宙を構成する創造主から見たら

どれだけ小さな存在か分かるでしょう

 

しかし、それでも誰も欠かす事無く

愛を発するのが13次元である宇宙意識の力なのです

 

宇宙から発する愛という光の熱量、エネルギーが

星雲を通して、恒星や衛星を通して惑星へ

そして私たちに行き届いています

24時間休むことなく、無償の愛が提供されているのです

 

この宇宙の創造主は全てを愛しています

恒星も惑星も人間も動物や植物や鉱石

全て自分だからです

 

人間も心が正常なら

自分の体を傷つける事はしないでしょう

自分という肉体を構成する大切なピースですから

 

しかし、この3次元である物質世界

いずれは形崩れ、朽ちていきます

それは宇宙も同じです

 

ただ、人間より遥かに長いだけです

でも終わりがあるのです

3次元世界は創造と崩壊の中にあります

 

しかし、唯一消えないものがあります

それは意識です、魂です、生命です

どれも同じ意味なのですが

それは肉体の中に存在する、本当の自分です

 

肉体が消えれば、あの世に還って

新しい体験、学びをしようと

また生まれ変わっていくのです

己の魂の成長と、地球を愛の星にするために・・

 

宇宙にも同じ事が言えるわけで

13次元宇宙意識にも課題というものがあるわけです

 

陰と陽を元に、それぞれが持つ価値観を

愛によって繋ぎ止め

宇宙を進化発展させていこうという

そのような課題を背負っているようにも見えます

それは創造主のみが知ることですが

 

宇宙という肉体にも終わりがあり

始まりがあります

陰と陽を主軸に、たくさんのテーマがあるのでしょう

 

宇宙でも惑星でも人間でも

それぞれ、次元の異なった存在ですが

向かう先はただ一つです

神のため、私たちは愛と向上を目指しているわけです

なぜなら、私たちは神の一部であり、神だからです